リチャードが案内したのは広い庭がよく見えるサンルームだった。すでにもてなしの準備は出来ていたらしく、テーブルにはサンドイッチやスコーンなどの軽食と紅茶、人数分の食器が並べられていた。そして紫のロングヘアをまとめた美しいメイドがリチャードたちにお辞儀をした。「陛下。準備は整っております」「ご苦労。紹介しよう。彼女はマリー、余の妻になる女だ」「!」 三姉妹がびっくりしている横で桜夜は左手で自身の額を押さえた。メイドのマリーも不服そうだ。「陛下。お戯れはお辞めくださいとあれほど……」「何を言う。余は本気だ」 桜夜がため息をついてから口を開く。「リチャード。友人としていうが、君の立場でそれは……」「わかっておる。政敵や国教会のジジイどもが黙っていないと言いたいのだろう。だから“最初”にお前に紹介した」 そこでリチャードは桜夜の耳に顔を近づけた。「余の邪魔をしそうな連中の弱味を探ってくれ。そうすればあとは余がなんとかする……」「はあ……なにかくれるんでしょうね?」「もちろん。ロイヤル・ヴィクトリア勲章を与えよう。おまえは未だに、自分を野良犬だと思っているようだからな」 リチャードが桜夜の胸をつつく。「いっそ余の飼い犬になるか?」「慎んでお断りいたします」 2人の密談に三姉妹がハラハラしていると、マリーが椅子を引き、三姉妹に座るよう促した。「さあ、どうぞ。お嬢様方」 その言葉にサイカとリオは椅子に座ったが、ホムラだけどうしていいかわからずおろおろしてしまう。見かねた桜夜が彼女の耳元に口を近づけ、ふーっと息を吹き掛けた。「~~~~!」 場所が場所だけにどなったり叩いたりはしなかったが、顔を真っ赤にして桜夜を見た。「ホムラちゃん。早く座って。女性が全員座らないと陛下も座れない」「う……わか、た……」 ホムラはぎこちなく動き、席についた。それを見てマリーに引かれた椅子にリチャードが腰かけ、最後に桜夜が席についた。マリーが全員のカップにミルクティを注ぐ中、リチャードは喋りだした。「それで君たちは、余と桜夜の関係をどこまで知っているのだ?」「えっと、桜夜様が陛下を暗殺しようとした方を捕らえたのに、犯人の仲間と間違えられて一緒に捕まってしまったというところまで……」「そうそう。桜夜のおかげで2発目の弾丸を食らわないで済んだというのに
迎えに来た車に乗り、たどりつたのはかの有名な宮殿だった。すでに国王リチャード一世が待っていたが、出迎えをお付きが許さず不満そうだった。リチャードはすらりとした長い手足を持ち、美しい金髪とすみわたった蒼い瞳の持ち主であり、シミ1つ無い白い肌を覆うスーツは、薄いベージュだった。桜夜は一礼をすると片ひざをつき、親書を両手で捧げ持つ。それに合わせてサイカとリオも深々と頭を下げ、慌ててホムラも頭を下げた。「偉大なるリチャード新国王陛下。この度はご即位、誠におめでとう存じます。つきましては、我が主四方院玄武よりの親書をお納めください」 側近が代わりに親書を受け取り、リチャードに渡す。リチャードは軽く中身を見てから、頭を下げたままの桜夜に日本語で話しかけた。「桜夜卿、面を上げよ」「はっ」 桜夜が顔を上げると、リチャードはにかっと笑った。「そう固くなるなよ桜夜。余たちは友達だろう?」「そうは参りません陛下。あなた様は国王になられ……」「国王にだって友人は必要だ。ほれ、その方らももう頭を上げてよいぞ」 思いもよらない国王の態度に困惑し、頭を上げるタイミングを見失っていたサイカたちは、恐る恐る頭を上げた。「ほう、噂にたがわぬ美人揃いだな。桜夜、お前面食いだったのか」「陛下、あまりそのようなお言葉は……」「よいよい、ここには護衛を含めてお前と余のことをよく知るものばかりだ。昔のようにリチャードと呼んでくれ」「リチャード“陛下”」「リチャード」「リチャード国王陛下」「なんでますます固くなるんだお前は!」 桜夜とリチャードは一通り茶番を終えると楽しげに笑った。呆気にとられる少女たちを代表して、リオが恐る恐る手をあげた。「あの……桜夜様とリチャード国王陛下様とは、どのようなご関係で……?」「なんだ桜夜、話していなかったのか、余たちの冒険譚を」「冒険譚ではなく、僕がひどいめにあった物語の間違いでは?」「まあよいではないか。せっかくだ。昼でも食べながら話してやろう。桜夜、レディたち、こっちだ」「はいはい、国王陛下様。ほら、3人とも行くよ」 困惑のあまりお互いの顔を見合わせながら、少女たちは桜夜に続いて歩いた。to be continued
新王リチャードからのお召しが来たのは、就任から10日後のことだった。桜夜は親書を渡すため、寝室で用意された新品のモーニングに袖を通した。きっちりかっちりと服装を整えると、彼は一階に降りた。そこにはそれぞれのパーソナルカラーのドレスに身を包んだ少女たちがいた。リチャードは、桜夜の屋敷に女がいるときいて連れてこいと部下を通して桜夜に命じてきたのだ。ドレスがないと断ろうとしたが、何着ものドレスを部下に持たせることでリチャードは妨害してきた。今でもため息が出そうになる。「あっ、桜夜さん!」 サイカとリオがスカートの裾をつまんでお辞儀をする。「よく似合っているね」「ありがとうございます」「桜夜さまもよくお似合いですよ」「そうかな? どうにも服に着られている気が……。……なんかホムラだけ機嫌が悪くないか?」 むすっとしてそっぽを向いているホムラの様子をリオに尋ねて。「ドレスが動きにくい! ってさっきからあの調子でして」「ふーむ……」 桜夜はホムラの方に近づく。ドレス姿で片肘をテーブルについてふてくされるホムラは、桜夜を睨んだ。「なんだよ」「そんなにドレスが嫌なら欠席するかい?」「そんなことするか!」「それなら、その素敵なドレスで立派なお嬢様姿を見せてね。レディ」 桜夜は膝をつくとホムラの手を取り、その甲に口づけをした。そのあとホムラを見上げると優しい笑みを見せる。「っっっ! やるよ! やればいいんだろ!」 真っ赤になったホムラが玄関に向かう頃には、室内はずるいずるいずるい! の大合唱だった。to be continued
あのあと飲みすぎでサイカたちの家に泊めてもらったお礼にと、桜夜はロンドンにある自分の別荘に彼女たちを招待することにした。「ここだよ。僕のイギリスでの仮住まい」 そんな桜夜が指差したのは、古き良き英国の雰囲気を残した二階建ての建物だった。さっそく中に入れてもらった三人娘は、部屋の中を見回した。古い木造家屋の部屋に、品の良いアンティーク家具。サイカは一瞬で心を奪われた。「桜夜さん! わたし、結婚したらここに住みたい!」 サイカの爆弾発言にリオが怖い笑顔で近づいてきた。「サイカちゃーん。いつから桜夜様と結婚できると思っていたのかなあ?」「ひい!」 じゃれあう二人を他所に、桜夜とホムラは少ない荷物を2階の寝室に上げていた。「よっせっと、これで全部だな」「ごめんね。手伝わせて」「いいってことよ。それより、ベッドは1つなんだな」 クイーンサイズのベッドが置かれた寝室を眺めて、ホムラは頬をほんのり赤くした。「? 別にここに泊まる必要はないだろ?」 自分たちの夜になる前に彼女たちを送るつもりだった桜夜は首を傾げた。「いやだ! 泊まる!」 それだけ宣言すると、ホムラは逃げるように階段を降りていった。思春期だなあ。なんて思いながら、寝室の窓辺に近づき、カーテンを開けると、もうパレードが始まっているのがわかった。遠くに見える新国王リチャードの姿に桜夜は小さく微笑んだ。「おめでとう。リチャード」 to be continued
少女たちとテーブルを囲み、質素な食事でもてなしを受けた桜夜は、最初申し訳なさそうにしていた。「すまないな。お母さんに続き、お父さんも救えなくて」 少女たちはお互いの顔を見合わせ、頷き合ってから桜夜に言った。「桜夜さんが気にすることじゃないよ」「救えなかったのはわたくしたちも一緒です」「だから気に病むなよな。まったく」「……ありがとう」 桜夜は辛さを押し殺すように笑い、夕食のシチューに手を付けた。◆◆◆「桜夜さんは、なぜイギリスに?」 食後に魔女に薬酒を飲んでいると、サイカがそんな話題を桜夜に振った。「新国王様に謁見し、宗主様からの手紙をお渡しするんだ」「国王に謁見だあ、おまえがあ?」「さすが桜夜様です」 なんでお前ごときがといった態度を取るホムラと、素直に賞賛するリオ、対照的な姉妹だった。「でも、なんだか桜夜さん、乗り気じゃないよね?」 桜夜の様子から、サイカはそんなことを言った。「あー、まあ、いきなりのことだったしな」「またまたあ。どうせイギリス行くたぶにトラブルにあったからトラウマとかなんだろ」 ホムラがゲラゲラ笑うと、桜夜はぐいっと薬酒をあおる。隣を陣取っているリオがおかわりを注ぎながら尋ねる。「……まさか本当にトラブルが?」「……僕が初めてイギリスにいったのは14のときだ」 懐かしむような口調で桜夜は語り始める。「その日は国王に即位されたリチャード王子がパレードに参加していた。僕は古本屋であるめずらしい本を探していたから関係ないと思っていた、が……」 そこで言葉を切ると、桜夜はまた薬酒を飲み干す。リオは身体を寄せておかわりを注いでいく。「お、桜夜さん……?」 普段儀式以外でそこまで酒は飲まないと言っていた桜夜の行動に、サイカが動揺する。対してリオはお酌ができて満足そうだったし、桜夜の失敗談が聞けそうだと、ホムラも前のめりだ。「……ふう。なんだっけ、そうだ僕がパレードそっちのけで古本を探していたら銃声がして、リチャード王子の暗殺未遂事件が起きた。僕は咄嗟に犯人らしき男を見つけて……」「せっかく犯人捕まえてやったのに、僕まで牢屋に入れられた」「ぶはははは!!」 ゲラゲラ笑うホムラだったが、桜夜から本気の殺気を放たれたので口を閉じた。「まあそのあと……」 やはりどこか懐かしむように桜夜は笑っていた。
イギリスにたどり着いた桜夜は新たな英国王と面会できる日までの暇つぶしにと、街に繰り出し、カフェのテラス席に座った。しばらく本場のミルクティーを味わっていると、不意に声をかけられた。「桜夜さん?」 聞き覚えのある声に桜夜は顔を上げる。そこには、黄色で統一された服に目立つ魔女のローブを着た少女がいた。「サイカ? なんでイギリスに」「やっぱり桜夜さんだ。会いたかった……」 目をうるうるとさせるサイカに、桜夜は相席を勧めることにして。「時間があれば、座るか?」「いいの?」「ああ」 その言葉にサイカはいそいそと桜夜の対面に座る。そんな彼女に、桜夜はメニューを渡した。 サイカはすぐにページをめくり、ココアを店員に注文した。桜夜は少し意外に思いながら尋ねた。「ココアが好きなのか?」「うん! 桜夜さんからのハジメテのプレゼントだから……」 照れた笑みを浮かべるサイカの素直さに、桜夜は少し眩しいものを感じた。◆◆◆ しばらくティータイムを楽しんだあと、サイカは桜夜を自分たちの隠れ家に招待した。 急ぎの用事のない桜夜がついていくと、森の中に小さな建物があり、庭でホムラが素振りをしていた。「サイカねえ、おかえ……」 素振りを中断し、足音の方に目を向けたホムラは、サイカの隣にいる桜夜に目を見開いた。そして慌てて家に入っていった。「リオねえ! 桜夜が来やがった!」 やはり嫌われてしまっただろうかと桜夜が思っていると、水色のワンピース姿のリオが家から飛び出し、桜夜に抱き着いた。 なぜか泣き出す彼女の頭を、桜夜は優しく撫でるのだった。to be continued